研究内容

私達は、有機化合物の多様な分子構造を利用した電子的、磁気的、光学的な機能をもつ有機材料の創製を目指して、研究を進めています。そのために、理論に基づいて設計した新しい構造の有機活性分子を緻密な合成実験により創り出すとともに、先端分析機器を駆使した物性の検証を行っています。また、機能性分子を膜や粒子の形に組織化して得られる新材料の開発にも取り組んでいます。


分子三脚の合成とその単分子膜

物質の最小単位である個々の分子を、微小サイズの電子的・機械的機能をもつ部品として用いて超小型・高密度の機能構造体をつくることが、今日のナノテクノロジーの大きな課題です。当研究室では、有機分子によりこれを実現することに取り組んでいます。これまでに、ダイヤモンドを形成する炭素骨格の基本単位であるアダマンタン分子に硫黄原子をもつ3本の脚を結合した「分子三脚」を合成し、これをAuなどの金属表面に固定することによって分子が規則配列した強固な単分子膜が形成できることを明らかにしました。この三脚をナノスケールのアンカー(土台)として用いることにより、機能性分子を精密に配向制御しながら金属表面に配置する研究を進めています。



Figure 1-1. 分子三脚-フェロセン連結分子の単分子膜



Figure 1-2. 分子三脚からなる単分子膜の分子配列



フラーレンカチオンの発生とその特性の解明

フラーレン(C60, C70)は炭素原子が多面体状につながって作られた分子です。その曲面π共役電子系は強い電子親和性をもつことが知られており、それに逆らって電子を取り去りカチオンにすることは困難と考えられてきました。当研究室では、フラーレン骨格にアルキル基を付加させることにより骨格上に正電荷をもつカルボカチオンを作る手法を開発しました。このカチオンはフラーレンの化学修飾の重要な中間体であり、求核試薬との反応によりさまざまなフラーレン誘導体をつくること、また粒子・繊維などの固体表面に結合して表面にC60の被服膜を作ることが可能です。


Figure 2-1. フラーレンカチオンとその反応



Figure 2-2. フラーレン被覆型シリカプレート



三重項カルベンの長寿命化

炭素の原子価が1つ欠損した中性活性種、炭素ラジカルは約一世紀前に安定形が合成されました。2つの原子価が欠損したカルベンはさらに不安定な活性種として知られています。カルベンには異なる2つの電子状態(一重項と三重項)があり、基底状態が一重項であるカルベンは約20年前に単離され、現在、金属触媒の配位子等として重宝されています。一方、三重項カルベンは機能性材料の素材として注目されていますが、現在でも材料として利用できるほど安定なものは作られていません。当研究室は、三重項カルベンの実用化を目指して、立体保護基による安定化の研究を行っています。下記のカルベンは当研究室で開発した現在世界で最も長寿命な三重項カルベン(寿命約2週間)です。



Figure 3-1. 世界で最も長寿命な三重項カルベン



ポリカルベン有機磁性材料

磁性は有機材料では唯一実現されていない物性です。磁性の源は不対電子(↑)であり、無機磁石では自由電子が磁性を担っています。有機物で磁石を作ろうとすると、不対電子をそのスピンの向きを同じ方向にしてたくさん並べることが必要です。炭素スピン源として考えられるのは1個の不対電子をもつ炭素ラジカル(↑)と同じ向きの2個の不対電子を有する三重項カルベン(↑↑)です。当研究室では、独自に開発した長寿命三重項カルベンをスピン源として用い、これらを多数連結させて有機磁石を作る研究をしています。



Figure 4-1. 三重項カルベンを5個連結した強磁性体ペンタカルベン



Figure 4-2. ポリアセチレン鎖で連結したポリカルベン



多環式芳香族カルボカチオン

日本人の1番多い死亡原因は悪性新生物つまり「がん」によるものです。発がん性物質のひとつであるベンズ[a]ピレンは多環式芳香族炭化水素に分類され、タバコの煙や自動車の排気ガスに含まれています。その発がん機構としてカルボカチオンプロセスが提案されています。体内に吸収されたベンズ[a]ピレンはシトクロムP450の働きよって、エポキシ化合物、ジオール、エポキシジオールへと酸化され、カルボカチオンを経てDNAとの付加体になり、細胞のがん化につながってゆきます。この過程でDNAとの求核置換反応が発がん性の大きさに関係する重要な素反応であると提案されています。そのため、多環式芳香族炭化水素の発がん機構を解明するためには、中間体である多環式芳香族カルボカチオンの電子構造や反応性を明らかにすることが重要な課題になっています。そこで、多環式芳香族カルボカチオンについて超強酸を用いたイオン安定条件下において直接観測する実験と、第一原理に基づく理論計算によって調べています。



Figure 5-1. カルボカチオンプロセス



イオン液体を用いた有機反応

イオン結合性化合物は、NaClのようにカチオンとアニオンから構成され、一般に融点が高く、常温では固体として存在しています。しかし、イオン液体はイオン結合性化合物であるにもかかわらず、常温で液体状態であるという極めて珍しい性質をもっています。このイオン液体を有機合成の反応場として使用する有機溶媒の代わりに用いた場合に、生成物の分離が極めて簡便になり、また、再使用しやすいため廃液が減少するという利点があります。さらに、有機溶媒と比べて蒸気圧が低いことから大気を汚染しないという利点もあるため、「環境にやさしい」溶媒として注目されています。

Figure 6-1. イオン液体の合成

そこで、環境負荷の低減を目指してイオン液体を用いた種々の有機反応の開発を行っています。


Figure 6-2. イオン液体を用いた有機反応プロセス