はじめに


有機化学は、有機化合物を対象として化学に関する基礎知識を習得し、理解を深めることを目的とする。 本書を通じて、有機化合物の性質、反応、命名、分析、スペクトル解析による構造決定に関する基礎的から実用的な知識を習得する。


炭化水素

炭化水素は、炭素と水素からなる物質である。その構造上の特徴からアルカン、アルケン、アルキンに分類される。 また、環状化合物と非環状化合物、飽和化合物、不飽和化合物、芳香族化合物と分類することもある。
飽和化合物と不飽和化合物の違いは、不飽和結合である二重結合や三重結合を有しているかどうかによる。持っていない化合物は、飽和化合物という。
環状化合物と非環状化合物は、文字通り環状の化合物であるのかそうでないのかによる。環状のアルカンを特にシクロアルカンと呼ぶ。

アルカン

アルカンは炭素と水素のみからなる物質で、一重結合のみからなる。一般式としてCnH2n+2で表される。
命名は、一番長い直列につながった炭素鎖の炭素の数によってつけられる。炭素数が1つのものから順番にメタン、エタン、プロパン、ブタン、ペンタン、 ヘキサン、ヘプタン、オクタンと言う。ガソリンの性質であるアンチノッキング性を示すパラメーターであるオクタン価は、直鎖状オクタンではなく、イソオクタン を100として定義される。イソオクタンは、2,2,4-トリメチルペンタンのことである。
IUPAC命名法では、数を示す接頭語に-aneを語尾につけて名づける(Table 1)。よく見かける間違いとして、butaneと書くべきところをbuthaneと書かれた答案を目にする。気をつけるとよい。

Table 1. IUPAC Nomenclature for Alkanes, Alkenes, Alkyne, and Cycloalkane
No of carbonsalkanealkenealkynecycloalkane
1methane
2ethaneetheneethyne
3propanepropenepropynecyclopropane
4butanebutenebutynecyclobutane
5pentanepentenepentynecyclopentane
6hexanehexenehexynecyclohexane
7heptanehepteneheptynecycloheptane
8octaneocteneoctynecyclooctane
9nonanenonenenonynecyclononane
10decanedecenedecynecyclodecane
11undecaneundeceneundecynecycloundecane
12dodecanedodecenedodecynecyclododecane

IUPAC命名法については以下の書を調べるとよい。

Nomenclature of Organic Chemistry, Sections A, B, C, D, E, F, and H, Pergamon Press, Oxford, 1979.
A Guide to IUPAC Nomenclature of Organic Compounds (Recommendations 1993), 1993, Blackwell Scientific publications.

つぎの書物にも、一部の有機化合物のIUPAC命名法についての記載もある。しかし、上記の記事と異なる規則も見受けられる。有機化学の分野では、基本的に 前者の規則に従って命名されることが多い。

Nomenclature of Inorganic Chemistry (recommendations 1990), Leigh, G.J., Blackwell Science, 1990.
Nomenclature of Inorganic Chemistry II. Recommendations 2000, McCleverty, J.A. and Connelly, N.G., The Royal Society of Chemistry, 2001
Nomenclature of Inorganic Chemistry - IUPAC Recommendations 2005, Connelly, N.G, Damhus, T., Hartshorn, R.M., and Hutton, A.T., The Royal Society of Chemistry, 2005

アルカン分子の炭素は、四面体構造をとっている。一番簡単は分子であるメタンについて考えると、メタンは炭素原子一つと水素原子四つから成り立っている。その形状は、正四面体の4つの頂点に水素原子を、その中心に炭素原子を配置した構造である。4本のCH結合は共有結合で互いに等価である。
水素原子は、1s軌道が結合に関与し、炭素原子は2sと2px,2py,2pz軌道が結合に関与している。炭素原子の軌道は、この場合、新たに4つのsp3混成軌道を形成して水素原子と共有結合を形成する。そのため、正四面体構造になる。水素原子の価電子は1つであり、炭素原子の価電子は4つである。したがって、水素原子の1s軌道と炭素原子のsp3軌道で形成される結合性軌道に2つの電子は占有することになり、反結合性軌道は空軌道となる。

環状のアルカンを特にシクロアルカンといい、非環状アルカンとは区別されることがある。ひとつの環のみからなるシクロアルカンの一般式は、CnH2n-2で表される。命名は、同じ炭素数をもつアルカンの名の前にcyclo-を接頭語としてつける。たとえば、cyclopropaneやcyclohexaneというように。2つ以上の環を持つ場合には、bicyclo-やtricyclo-を接頭語として命名する。

アルケン

アルケンは、分子内に二重結合を有している。二重結合をひとつ持っている場合には、一般式としてCnH2nで表される。 この場合には、不飽和度は1と計算される。この不飽和度は、水素分子がいくつ付加すればアルカンになるかということを示している。
IUPAC命名法では、数を示す接頭語に-eneを語尾につけて名づける。

アルキン

アルキンは、分子内に三重結合を有している。三重結合をひとつ持っている場合には、一般式としてCnH2n-2で表される。 この場合には、不飽和度は2と計算される。これは、2つの二重結合をもつアルケンと同じ一般式となる。
IUPAC命名法では、数を示す接頭語に-yneを語尾につけて名づける。


芳香族化合物

芳香族化合物は、歴史的に芳香を放つ物質という意味であるが、現在ではそのような意味で区別されているわけではない。環状のアルケンの一つであるベンゼン環を骨格にもつ化合物である。ベンゼンやナフタレンが該当する(Table 2)。

Hückel則
π系の環状化合物について、π電子が4n+2個の場合で平面に配置されている場合に、芳香族性を示し安定化する。それ以外の場合には、共役した二重結合の性質を帯びる。4n個の場合には、不安定化するため、平面構造ととらない場合が多いが、平面であった場合には反芳香族性を持つ場合がある。このHückel則は、単環式化合物に関するものであり、多環式化合物には適用されない。

Heilbronner則
π系の環状化合物でπ電子共役系がメビウス状に配置されている場合には、π電子が4n個のときに芳香族性をもつ。したがって、構造上平面ではなく立体的である。

Table 2. Structures of Benzene, Naphthalene, and Anthracene
benzenenaphthaleneanthracene


活性中間体

有機反応では、活性中間体を経由して反応が進行する。Table 3に代表的な中間体を示す。これらは、出発物質や生成物と比べてエネルギー的に高く、発生してもすぐに反応してしまうほど不安定である。そのため、反応中に生成する量はごくわずかであり、反応速度解析において定常状態近似を仮定して解析されることができる。

Table 3. Structures of Intermediates
carbocationcarbanionradicalcarbene

カルボカチオンは、炭素に陽電荷を持つ化学種である。カルボアニオンは、炭素に負電荷をもつ化学種である。ラジカルは、不対電子をもっている。カルベンは、2種類の状態がある。不対電子を2つもっている三重項カルベンは、ラジカルのような性質をもつ。電子対と空軌道をもつ一重項カルベンは電荷をもっていないけれども、カルボカチオンやカルボアニオンのような振る舞いをする。カルボカチオンは、カルボアニオンやラジカルと比べて転位しやすい性質を持っている。転位生成物を多く得たい場合には、カルボカチオン中間体を経由する反応を選ぶ。


基質から短寿命の中間体を経て、そして、生成物を与える。生成物の自由エネルギーは、基質よりの小さければ、反応速度は遅いか速いかは判らないが必ず進行すると期待される。熱的反応においては、ボルツマン分布に従って反応の活性化エネルギー以上のエネルギーが与えられた場合に中間体へ変化する。中間体を与える反応の山の高さに該当する段階は、律速段階となる。中間体からは、生成物への正反応と出発物質にもどる逆反応が起きる。どちらかに行くのかは、活性化エネルギーによって支配される。この活性化エネルギーは、中間体を与える段階の活性化エネルギーと比べるとはるかに小さい。生成物を与える段階よりも逆反応のほうが著しく速ければ、前段階は平衡に達しているとみなして良い。一旦、生成物が生成すると、その逆反応は、活性化エネルギーが、基質からの段階と比べても大きいので非常に遅いと言える。


Figure 1. Reaction profile.

この反応速度方程式を解析すると
S I → P

d[S]/dt = - k1 [S] + k-1 [I]
d[I]/dt = k1 [S] - k-1 [I] - k2 [I]
d[P]/dt = k2 [I]

そこで、中間体について定常状態法を適用すると

d[I]/dt = 0
k1 [S] - k-1 [I] - k2 [I] = 0
[I] = k1 [S] / (k-1 + k2)

となる。これを上記の式に代入すると

d[S]/dt = - k1 [S] + k-1 k1 [S] / (k-1 + k2)
d[S]/dt = - k1 k2 [S] / (k-1 + k2)
ln [S]/[S]0 = - k1 k2 t / (k-1 + k2)

となる。[S]0は、初期の基質の濃度である。


Curtin-Hammett principle (原理)

化合物AとBが反応する場合に、それぞれ生成物PAとPBを与える場合を考える。このとき、AとBの間に速い変換反応がある場合には、生成物の比率は、AとBの比率によらず、生成物PAとPBを与える反応活性化エネルギーに依存することになる。これは、Curtin-Hammettの原理にしたがっている。例として次の反応式について見てゆく。

Figure 2. Reaction profile.

反応速度は、
d[PA]/dt = k1 [A]
d[PB]/dt = k2 [B]
と表される。したがって、
d[PA]/d[PB] = k1 [A]/(k2 [B])
となる。一方、AとBの間には平衡が成り立つので、
K = [B]/[A]
と表される。この式を代入すると
d[PA]/d[PB] = k1 K/k2
と表される。したがって
[PA]/[PB] = k1 K/k2
となる。
ΔGAB = -RT ln K, k1 = A exp (-ΔG1/RT), k2 = A exp (-ΔG2/RT)を代入すると
[PA]/[PB] = exp {-(ΔG1+ΔGAB-ΔG2)/RT}
[PA]/[PB] = exp {-ΔΔG/RT}
となる。
Curtin-Hammettの原理が成り立つ条件では、生成物の比率は中間体の比率ではないことになる。逆に、化合物AとBの間の反応が遅ければ、生成物の比率はAとBの比率に一致する。k1とk2が同じであっても、生成物の比率はAとBの比率に一致する。
References: J. I. Seeman, J. Chem. Ed. 1986, 63, 42-48; J. I. Seeman Chem. Rev. 1983, 83, 83-134.



有機反応


有機反応は、反応様式によって分類することができる。カルボカチオン、カルボアニオン、ラジカル、カルベンの中間体に関するもの、また、求核反応、求電子反応、pericyclic反応や置換反応、付加反応、脱離反応という分類もある。また、官能基ごとにおきやすい反応があるため、そのような分類もある。

求核置換反応
求核置換反応は、2次反応と一次反応の2つの極端な例がある。脱離基が抜けて、カルボカチオン中間体が生成し、そのあと求核試薬が攻撃して生成物を与えるのがSN1反応である。脱離基の脱離と求核剤の攻撃が同時に起こるのがSN2反応である。どちらの反応が起こるのかは、中間体であるカルボカチオンの安定性に依存する。安定な場合にはSN1が優勢で不安定な場合はSN2が優勢になる。したがって、一級化合物ではSN2が、三級化合物ではSN1が優勢となる。
SN1反応は、脱離基が良いほど反応速度が速い。脱離基が良いというのは、安定であることを意味し、共役酸の酸性度が高いほどよい脱離基として知られている。よく使われる脱離基の速度は、だいたい

N2 > CF3SO3- > p-CH3C6H4SO3- > I- > Br- > CF3COO-, Cl- > OH- > p-NO2C6H4COO-

という順番で遅くなる。

Table 1. Solvolytic Rate Constants for Adamantyl Substrates in 80% EtOH at 25oC
1-AdOMsOTs/OMs1-AdOTsOTs/ClOTs/BrOTs/IOTs/Picrate2-AdOTsOTs/OTfOTs/OCIO
4.17 x 10-3 s-11.24.0 x 10-3 s-15 x 1051.4 x 1046.9 x 103 212.4 x 10-8 s-11.4 x 10-61.4 x 10-5
T. William Bentley and Karl Roberts, J. Org. Chem. 1985, 50, 4821-4828.


また、SN1反応では、中間体としてカルボカチオンを経る。イオン化段階は律速段階であるため、反応速度のlogは、カルボカチオンの安定性に比例する。非環状炭化水素カルボカチオンは、平面構造が最安定である。しかしながら、環状炭化水素カルボカチオンでは、とることのできる構造に制約をうける。そのため、カチオン中心炭素が平面をとることができない場合がある。その場合には、反応速度が遅くなる。Table 2に種々の橋頭位トシラートの換算されたソルボリシス速度をまとめる。発生するカチオン中心炭素が平面に近いほど、ソルボリシス速度が速い。また、橋頭位化合物は、背面が完全に保護されているため、背面からの溶媒の求核補助が全くない。そのため、これらの反応速度は、純粋なSN1反応速度になる。


Table 2. Calculated Solvolytic Rate Constants for Tosylates in 80% EtOH at 25 oC
Tosylatek, s-1
1-Bicyclo[3.3.2]octyl 1.2 x 103
9b-cis,cis,trans-perhydrophenalyl 1.2 x 102
trans-1-Bicyclo[4.4.0]octyl 9.1 x 101
3-Homoadamantyl 9.4 x 101
3a-cis,cis,cis-perhydrophenalyl 3.1 x 101
1-Bicylo[3.3.1]nonyl 3.2
1-Bicylo[3.2.2]nonyl 7.5 x 10-1
1-Adamantyl 4.0 x 10-1
1-Twistyl 3.6 x 10-4
1-Bicyclo[2.2.2]octyl 1.0 x 10-4
1-Bicyclo[3.2.1]octyl 6.8 x 10-6
10-tricyclo[5.2.1.04,10]dec 6.9 x 10-7
1-Noradamantyl 5.2 x 10-6
7-Methyl-3-noradamantyl 1.1 x 10-8
1-Norbornyl 4.0 x 10-11
4-Tricyclo[2.2.1.02,6]heptyl 3.5 x 10-17
1-Bicyclo[3.3.3]undecyl 2.8 x 106
9b-trans,trans,trans-perhydrophenalyl 7.0
6-Protoadamantyl 6.0 x 10-1

T. William Bentley and Karl Roberts, J. Org. Chem. 1985, 50, 5852-5855.


SN1加水分解においては、立体的に0-20%反転で進み、必ずしも完全にラセミ化するわけではない。SN2加水分解では、100%反転する。

Hammond-Lefflerの仮説では、
素反応において、生成物のギブス自由エネルギーが基質と比べて上昇する場合に、その段階にある遷移状態は生成物の構造とよく似ている。
逆にギブス自由エネルギーが小さくなる段階にある遷移状態は、その段階の基質の構造とよく似ている。
とあるため、中間体が安定であるほど、反応速度は速くなることを示唆している。


脱離反応
脱離反応は、脱離基が脱離して、求核試薬が攻撃するのではなく、プロトンが脱離して、不飽和結合が生成する反応である。


スペクトル解析


有機化合物の分析には、現在、核磁気共鳴分光法、赤外分光法、質量分析法、紫外可視分光法がよく用いられる。最近、迅速な単結晶X線構造解析法が開発され、しばしば見かけるようになった。

核磁気共鳴分光法 (Nuclear Magnetic Resonance Spectroscopy)

基礎理論
核スピンを持っている原子は、磁場中では、そのエネルギー準位が2つに分裂する。この分裂をゼーマン分裂という。そして、そのエネルギー差に該当するラジオ波が照射された場合、エネルギー吸収が起こり励起する。Continuous-Wave instrumentでは、この吸収を観測している。現在、よく使われているPulsed Fourier Transform (FT) Instrumentでは、励起した原子が緩和するときに放出するラジオ波を観測している。Table 1によく観測される核の性質をまとめた。

Table 1. Spin Quantum Numbers, Frequencies, and Field Strength of Selected Nuclei
ElementNulear Spin Quantum NumberNatural Abundance, %Magnetogyric Ratio, γ, (106 radian/Tesla x Sec)
1H1/299.98267.53
2D10.015641.1
12C099.9
13C1/21.10867.28
19F1/2100.0251.7
31P1/2100.0108.3

磁場の強さ(B0)とゼーマン分裂によって生じるエネルギー順位の差の大きさには、スピン量子数が1/2のとき、

ΔE = γ B0 h/(2π)

という関係が成り立つ。したがって、ラジオ波の振動数は

hν = γ B0 h/(2π)

という関係式が導かれる。両辺のプランク定数を除くことによって振動数は、

ν = γ B0 /(2π)
となる。
したがって、Table 1の値を使うと、7.05 Teslaの磁場中に有機分子を置いた場合には、1H原子と13C原子は300 MHzと75.0MHzのラジオ波を吸収すると計算される。ゼーマン分裂によって生じたエネルギー順位の差は、非常に小さく1Hの場合には、

ΔE = 6.624x10-34 Js x 3.00 x 108 s-1 x 6.022 x 1023 mol-1
ΔE = 1.20x10-4 kJ mol-1

となる。このように小さいエネルギー差は、室温における熱エネルギーによって十分速く吸収と緩和することがわかる。ボルツマン分布にこの値を当てはめた場合に

Nupper/Nlower = e -hν/kT
k = 1.380 x 10-23 JK-1
T = absolute temperature, K

の式によって、室温の場合には0.99995と計算される。したがって、下位のエネルギーと上位のエネルギーの比率は、1:1.00005となり、わずかに0.00005だけの差になる。完全に一致すれば、NMRシグナルは観測されなくなるため、飽和しないように気をつけながらこのわずかの差を測定することになる。-70 oCでは、0.99993と計算され、比率は1:1.00007となる。そのため、低温のほうが観測しやすい傾向がある。

一方、原子核の周りには電子が飛び回っている。その電子の周回によって周辺の磁場と逆向きのわずかな磁場が生じる。その磁場の大きさは、分子の電子構造に依存する。そのため、原子核は周辺の磁場よりも小さく、分子中の原子がそれぞれわずかに異なる磁場を受けることになる。したがって、分子中の原子は、それぞれ異なったエネルギーを吸収することになる。
エネルギーの大きさは、磁場の大きさに依存するため、磁場に依存しない尺度を用いると便利である。そのため、ある基準物質のエネルギーの周波数からの差を核の吸収エネルギーの周波数で割ったものをケミカルシフトとして定義し、一般的に用いられている。

1Hの場合は、Tetramethylsilaneを基準として用いられ、次の式で計算される。

δ = Δ Hz/ spectrometer frequency MHz

したがって、ケミカルシフトの単位は、ppm (parts per million)となる。


解析

実際のスペクトル解析では、どのような官能基がどのようなケミカルシフトで観測されるのかわかっている。

Table 2. Approximate NMR Chemical Shift for Selected Types of 1H and 13C.
Type1H, δ, ppm13C, δ, ppm
カルボン酸, COOH10-12150-180
アルデヒド, CHO9-10180-220
芳香族, ArH7-8120-160
アリファティック, CH, CH2, CH31-210-60


また、近接するプロトンによってもシグナルが分裂する。そのため、シグナルの多重度によって、近接するプロトンの数を知ることができる。隣接する水素がない場合にはsingletとして、また、1つある場合にはdoubletとして観測される。-CH2-CH3においては、CH3は、tripletとして観測される。なぜならば、隣接する炭素には水素原子が2つあるためである。また、シグナルが分裂する幅をカップリング定数と呼び、その値は結合角や二面角に依存するため、分子構造をしる手がかりとなる。3Jは、HCCHの二面角に関して、Karplus relationshipがある。鎖状化合物の単結合は、室温において十分に速い速度で回転しているため、カップリング定数は存在する時間の重みをつけた平均の値になる。環状化合物では、回転が抑制されるため、二面角依存性が現れやすい。

さらに、照射パルスを組み合わせて、分子内の結合情報を得ることができる。よく用いられている方法には、NON, BCM, COSY, HETCOR, DNOE, HMQC, HSQC, HMBCがある。PFG法も最近では簡単に測定できるようになった。



赤外吸収測定 (Infrared absorption spectroscopy, IR)


赤外吸収測定は、分子が構成されている原子間の共有結合の伸縮や変角等の振動のエネルギー吸収を測定できる。官能基にはそれぞれ特徴的な特定の波長のエネルギーを吸収することがわかっているため、どのような官能基をもっているのか特定することが出来る。官能基に特有の吸収が現れる波数領域を特性吸収体 (characteristic absorption band) と呼ぶ。特にカルボニル基や、二重結合、三重結合、水酸基、ベンゼン環の分析に便利である。
赤外は、波数cm-1という単位で吸収ピークを示すが、400 - 4000 cm-1のことをいう。これは、25 - 2.5 µmの波長に該当する。
サンプルの形状によって、ヌジュール法、液膜法、KBr法、溶液法のいずれかによって測定される。サンプルが固体の場合には、KBr法がよく用いられる。試料が十分乾燥できていない場合には、目的の化合物の吸収に加えて水の吸収も同時に観測されることに注意を払わなければならない。
KBr法では、サンプルを臭化カリウムと混合し、専用の形成機を用いて加圧することにより錠剤を作製する。臭化カリウムの量が多すぎたりすくな過ぎたりすると割れたり透明にならなかったりして、適当な錠剤ができない。また、サンプルが多すぎたり少なすぎるとうまく測定できない。
実験レポートでのIRスペクトルの報告は、チャートを添付するだけではなく、波数と強度をチャートから読み取って書き出し、それぞれの吸収バンドに対応する構造を書く。

例 IR (KBr) 3425 (s, OH) 3010 (s), 2950 (s), 1720 (s, C=O), 1600 (s), 1500 (m), 1450 (w) cm-1

s: strong, m: medium, w: weak



有機実験


1.目的
有機化学実験は、有機化合物を対象として化学実験に関する基礎知識を習得し、あわせて有機化学に関する理解を深めることを目的とする。実験を通じて、有機化合物の取り扱い、精製、分離、分析、スペクトル解析による構造決定に関する基礎的から実用的な知識を習得する。

2.安全
有機実験では毒性の高い劇物や毒物を取り扱う。そのため薬品の取り扱いに十分注意を払わなければならない。必要な場合にはゴム手袋を使用すること。さらに、目に入った場合には失明の危険性がある。自分が取り扱っていない場合でも他人の扱っている薬品の飛沫が飛んでくることがあるため、実験室では、必ず保護眼鏡を着用すること。

3.実験ノートの書き方
実験ノートは背表紙が閉じたものを用いる。決してルーズリーフやレポート用紙を用いてはならない。実際に使用した試薬の量、モル数、天秤の指示値等の実験で得られた測定値、色の変化、結晶の色と形等の観察事項、実験中に実験ノートに記録する。行った実験記録はすぐにつけないと忘れてしまう。大事なデータが記録していないばかりに、論文やレポートを書く段階になってから気づいても再実験を行う以外に対処できない。メモ用紙や紙の切れ端に記録してから、実験ノートに書き写すことはしてはならない。また、他人が見ても実験が再現できるように書かなければならない。書き方は、実験内容によって変わるが、概ねつぎの項目が書かれる。

実験の前に書く項目
実験番号、題目、反応式、参照文献、試薬の分子量、実験計画、フローチャート

実験当日に書く項目
日付け、実験操作と観察事項、実際に使用した試薬の量とモル数

実験後に書く項目
実験結果のまとめ、実験操作の不備や改善点、スペクトルの解析結果

4.実験レポートの書き方
レポートは、目的や内容に応じて適切な書き方をしなければならない。一般的には、つぎのような基本的な注意事項を守ることが重要とされている。

提出期限よりも前に提出する。
内容を順序だてて説明する。
簡潔に書く。
レポートを読む対象を考える。

概ね、有機実験のレポートでは、実験報告書は一見してわかりやすくなければいけない。そのため、正確な内容と間違いのない文章で簡潔に書くことが求められている。一つの例としてつぎのような手順を示す。

1. 実験ノートを見て、実験結果をどのようにまとめるのかを考える
2. データを表や図を使ってまとめる。
3. 実験操作、結果および考察をまとめる。
4. 結論と緒言を作文する。
5. はじめから見直して、全体を推敲する。
6. 丁寧にレポートを清書する。

一般社会におけるレポートや報告書では、たとえ内容が優れていても乱雑な字や誤字がある場合には、評価されなかったり読んでもらえなかったりするので注意しなければならない。また、長期間保存されるため、後で恥かしい思いをしないようにする。そのため、きれいな文字で丁寧に仕上げることを勧める。図や表を示すときには、必ず本文中で何を示すのかを書くこと。また、通し番号と題目を、表は上部に、図は下部につけなければならない。


参考書

有機化学に関する書籍
1. ソロモン新有機化学
2. ジョーンズの有機化学

有機実験に関する書籍
1. 続実験を安全に行うために
2. L. F. Fieser, K. L. Williamson, Organic Experiments.
3. The Merck Index
4. James W. Zubrick, The Organic Chem Lab Survival Manual: A Student's Guide to Techniques
5. 有機化学実験のてびき(化学同人)
6. 機器分析のてびき(化学同人)
7. 日本化学会編 化学実験ガイドブック(丸善)

有機化合物の構造の解析に関する書籍。
1. 基礎化学選書7機器分析
2. R. M. Silverstein, F. X. Webster, Spectrometric Identification of Organic Compounds
3. 中西、赤外線吸収スペクトル-定性と演習(南江堂)

実験レポートの書き方に関する書籍
1. 三重大学、レポートの書き方
2. 化学のレポートと論文の書き方(化学同人)
3. 木下 是雄、理科系の作文技術
4. 清水 幾太郎、論文の書き方